種田山頭火 武雄市 周辺を行乞す。別編。

先に、武雄温泉に立ち寄ったことを書きました

そして今回は、その前々日・・・。

昭和七年一月二十七日。多久 若松屋 泊。



・山路きて 独りごと いうていた

同年一月二十八日。福泉寺に泊まっている。

一里歩いて多久、一時間ばかり行乞、さらに一里歩いて北方、また一時間ばかり行乞、そして錦江へいそぐ・・・・・。

向かった先は福泉寺。(現在の有明町 福泉禅寺) そこの解秋和尚に歓待を受け、暫し楽しい時間を過ごしている。



遠慮なしに飲んだ、そして鼾をかいて寝た と記しています。

・父によう似た 声がでてくる 旅はかなしい

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多久から北方に抜ける時、馬神隊道(トンネル)を通った。

その隊道に対し格別な感慨をもったようだ。  (昭和初期だから、さらに以前の馬神隊道の事と思われる)

もうあの頃の人々はみんな死んでしまった。祖母も父も、叔父も叔母も・・・・・生き残っているのは、アル中の私だけだ、私はあらゆる意味において残骸だ!。



(略)歩く、歩く、死場所を探して、----首くくる枝のよいのをたづねて!・・・・・。

そんな気持ちを抱きながら、解秋和尚にお世話になったのだろう・・・。そこに亡き父を見たのかもしれない。



そして有明町に別れをつげ、ついに 武雄温泉に辿りつくことになる

(研究家ではないので、間違いがあるかもしれません。そのときはご容赦下さい。写真は、彼が気持ちよく一夜を過ごした、福泉禅寺の入り口の石段。)

   

by ta-ke-58-ta-xi | 2006-09-23 19:17 | 観光?