起請文・・・・・現代の誓約書?。龍造寺隆信 後藤貴明 後藤家信。

天正十年 三月十一日  武田勝頼 天目山にて 自刃。武田家滅亡。


六月二日には   本能寺の変が起こり 稀代の英雄 織田信長死去。


そして・・・九月は・・・羽柴秀吉が着々と政権獲得を画策している時期・・・。


そんな中・・・この武雄では。

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①後藤貴明 起請文


上   貴明



一 今度隆信如申上候、 於後藤家信貴明盡未来際、 不可存疎意悪心候


一 万一御密談之御物語等承候共、 誰人口外申間敷事


一 世上如何躰雖転変候、 於家信何様逐一意、 不可存疎意覚悟事


  付、 何篇大小事、 不可有邪儀表裏之事


  右条々令違犯者 


梵天帝尺四大天王、 惣而者日本国中大小神祇、 別当国鎮守千栗八幡大菩薩、 川上大明神


当領鎮守香椎大菩薩、 武雄大明神、 軍神摩利支天、 愛宕大権現、 天満大自在天神、


各御罰可罷蒙者也


      天正十年   九月四日            後藤伯耆守   

                                     貴明 (花押) 



後藤家信  進覧之候                      (武雄鍋島家文書)








武雄を拠点に西九州の有力武将として その名を轟かした 後藤貴明


その彼が。


佐賀を拠点に北部九州の覇者として これまた愈々西九州に勢力拡大を図ってきた 龍造寺隆信 と対峙。




しかし 貴明・・内部争いもあって・・ついに・・・。


隆信の三男 家信を跡目として・・・受け入れざるを得なくなった・・・。



家信 五十人程の家臣を伴い・・武雄にはいる。


代わりに人質として・・貴明 息子 (晴明)を隆信に差し出し・・・北方 芦原に隠居。


晴明は久保田に住んだらしい。


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②後藤家信 起請文


     再拝ゝゝ、 敬白起請文之事


一 奉対貴明、 為家信、 盡未来際、 無別儀、 可得御意之事、 付、 至家生茂、 於右之条

   可為御同前之事


一 以密ゝ、 御入魂之儀共、 疎早口外申間敷之事



一 政家隆信貴明御間、 自然不味之雖仕合共候、 為貴明、


  御存分於無御相違辻、 家信及身命、 御純熟之段、


  何様相歎、 緩存間敷之事、 付、 万一至政家隆信、 為貴明、 御隔心之色、 於有之


  右之趣、 不可有其実之事



  右条ゝ於相違



梵天帝尺四大天王惣日本国中六十余州大小神祇冥道、 殊当国鎮守


千栗八幡大菩薩、 河上大明神、 与賀大明神、 龍造寺八幡大菩薩、 当庄武雄大明神、 潮見大明神


黒髪大権現、  天満大自在天神、 神罰冥罰、 各於身上可罷蒙者也、 仍起請文如件



  天正十年九月八日              善次郎 家信 (花押)



後藤貴明様 


                  (佐賀県史料集成六巻  後藤家文書)









家信 も 義父 貴明に対して起請文を出す。



起請文とは・・・。


神の名において誓約する訳ですから・・・それを守らなければ 神よりいかなる目にあっても。


いわゆる神罰を 受けると。



その神は。


梵天から始まり・・・自分が住んでいる場所や心のよりどころにしている神社となる。


ですから・・・最後のほうに出てくる神社が その人物の居住地区か支配地区。



武雄周辺では・・。


武雄神社潮見神社黒髪神社の名が出てくる。



貴明は大村家から武雄後藤家に来た人物・・。


その大村家には 有馬家から養子として後継ぎが入り・・・自分が継ぐはずなのに・・追い出された形になった。 



このため終生 大村家との争いに執着した。 


だから・・・彼の起請文には 愛宕大権現 (大村か?) の名が見える・・。


そして また・・・彼の息子 (晴明・・・家生とも) が隆信の人質として送られ・・・住まわされた・・。


香椎大菩薩の名が書かれている。そこは 現在の久保田町ではないかとのこと・・。








ワタクシがこれを調べたって???。



イエイエ違います・・・これらのことは・・・武雄歴史研究会でお話されたことを・・・。


ほんの少し書いただけです・・(汗)。


古文書はワタクシはよく理解出来ませんので・・・ご質問はご遠慮を(苦笑)。



ただこれらの文面を見てると・・・いくらかは想像できる内容ですね。


政家は・・・隆信の長男で・・鍋島家が力を持ってきた時・・結局 龍造寺家としての存在を示すことが。



出来なかった・・・。


その後・・化け猫騒動の端緒になっていくのです。




写真は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無意味です。

by ta-ke-58-ta-xi | 2009-09-14 22:09 | 歴史?